きつねうどんを “信太(しのだ)うどん”と呼ぶのはなぜ? という疑問から、始まった今回のミニツァー。
ようするに、信太の森に住んでいたきつね さんのお話が、江戸時代に有名になり、「きつね」 といえば、「信太(しのだ)」 と連想されるようになります。そこで、「きつねうどん」は、「しのだ(信太)うどん」と呼ばれるようになったわけです。 最後に、各ブログの総まとめ(もくじ)をしておきます。
~*~おまけ~*~ 「てなもんや三度笠(さんどがさ)」 (若い人は、知らんかなぁ。 テレビ放映されていた大阪の大人気の喜劇でした。)の 主人公 あんかけの時次郎 は、「泉州 信太の生まれ」 という設定。 藤田まこと さんが、あんかけの時次郎役でした。 この 「あんかけ」 、ひょっとして、 「あんかけうどん」 かも?!?
「森は信太(しのだ)の森」 と枕草子にたたえられた信太の森。
現在は、かなり開発が進み、狭められていますが、聖神社(ひじりじんじゃ)の境内のあたりは、清少納言のころの信太の森の面影が残されています。 聖神社接する東北の方角にある信太の森の鏡池史跡公園 と 信太の森ふるさと館。2002年に作られた和泉市立「信太の森ふるさと館」では、信太の森と「葛の葉物語」のことをいろいろと教えてもらえます。 「葛の葉物語」(信太妻)は、文楽、歌舞伎をはじめさまざまな芸能・小説などに取り上げられて、今日まで愛されてきました。 「葛の葉物語」(信太妻)の舞台となった信太の森をたずねたいという人々が、日本全国から来られるそうです。 信太の森ふるさと館 ← クリック こども歌舞伎「葛の葉物語」 「信太明神境内出逢いの場」信太の森歌舞伎 ←クリック (信太の森の鏡池史跡公園HPより、画像をお借りしました) 「葛の葉物語」(信太妻)は、今も日本の各地で愛されているお話ですが、残念なことに、地元では、ほとんど知られていません。 そこで、保育園・幼稚園、小・中学生が参加する「信太の森歌舞伎こども教室」が開かれ、11月3日には、大人も加わって、信太の森ふるさと館 鏡池の前で、 「信太の森歌舞伎」が上演されました。 「鏡池」は、狩人に追われる白狐(葛の葉)を安倍保名(あべのやすな)が助けた場所であり、また、葛の葉と童子丸(後の安倍晴明あべのせいめい)との別れの場所でもあります。 聖神社の鳥居「恋しくば 尋ねきてみよ 和泉なる 信太の森の うらみ葛の葉」 葛の葉が、自分の正体が狐だとばれて、童子丸と別れるときに読んだこの歌・・・ 「母が恋しくなったら、尋ねておいでなさい。和泉(いずみ)の信太の森に。・・・」 では、 「うらみ」とは、どういう意味でしょうか? ふるさと館の学芸員の方によると、この「うらみ」の解釈は、かなりいろいろあるそうで、 1. 「葛の葉の裏を見よ。」 葛の葉の裏は、白い → だから、白狐であり、葛の葉という名前であった母を思い出して! 2.「人間と狐の間の越えられない 掟(おきて) をうらんでいる」 3.単なる言葉のリズム、あまり意味が無い。 などなど・・・。 聖神社本殿聖神社は、「信太明神(しのだみょうじん)」(信太大明神)とも呼ばれ、今から約1300年前白鳳3年(675年)に天武天皇の勅願により創建されました。 安倍保名(あべのやすな)は、信太大明神に日参して、家の再興を祈願していたといわれています。 聖神社境内境内は、きれいに手入れされていて荘厳な雰囲気です。後方は、信太の森。 ![]() この井戸には、今も水があります。井戸を覗き込んで、水に自分の姿が映れば、吉 だそうです。 「恋しくば、尋ねきてみよ 和泉なる 信太の森の うらみ葛葉(くずのは)」 の石碑。葛葉(くずのは)が、自分の正体がきつねであるとわかってしまい、信太の森に帰るときに詠んだうた。 このうたの解説は、次回に・・・。 信太の森は、きつねの葛葉(くずのは)のお話の台として、数々の作品になっていますが、信太の森を詠んだ和歌や俳句などは、藤原定家・西行法師・芭蕉をはじめとして数え切れないほどあります。次の歌は、和泉式部が夫の橘道貞(和泉国司)と仲たがいをした時、赤染衛門が歌を贈って慰めたものといわれています。 「うつろはで しばし しのだの森をみよ かえりもぞする 葛のうら風」 新古今集 赤染衛門 「秋風は すこし吹くとも 葛の葉の うらみがおには 見らしとぞ思ふ」 新古今集 和泉式部 つづく・・・。
昨日、書きました 信太の森のきつねの伝説は、 「信太妻(しのだづま)」とも呼ばれいます。
信太の森のきつね伝説 1000年以上昔のこのお話が、江戸時代に大流行(?)した “稲荷信仰” に結びついて、浄瑠璃・歌舞伎 『蘆屋道満大内鑑』(あしやどうまんおおうちかがみ) の題材となって、脚光を浴びます。歌舞伎では、「葛の葉子別れ」。 そのころ、大阪では、砂場を中心に“おうどん屋さん”が、大繁盛! と言っても、まだ、江戸時代には、きつねうどんは、出来ていなかったでしょうが・・・。 おそらく江戸時代には信太の森の一角であった “葛葉稲荷神社” は、映画にもなった 「陰陽師(おんみょうじ) 阿倍清明(あべのせいめい)」 のブームで、今も観光客が訪れています。 葛葉稲荷神社 鳥居葛葉稲荷神社は、JR阪和線北信太下車 徒歩5分くらい. 葛葉稲荷神社は、小さな神社ですが、きれいに手入れされています。境内には、たくさんのきつねさんたちがいます。 そして、そのきつねさんの足元には、油揚げがお供えされていました。お参りに来た人が、お供えしたものだそうです。 本殿前の4匹のきつねさん、全てに油揚げがお供えしてありました。 油揚げの上に、落ち葉が・・・。 葛葉(くずのは)稲荷神社のご神木。樹齢2000年ともいわれる 楠(くすのき) で、「楠大明神」として、まつられています。 境内にある赤い鳥居。つづく・・・。
きつねうどんのことを、 “しのだ(信太)うどん” と呼ぶこと、
そして、この信太(しのだ) が、枕草子にも登場することは、昨日のブログに書きました。 クリック → きつねうどんの秘密 ~Part1. 信太の森~ ← クリック では、なぜ、きつね と しのだ(信太) が、結びついたのでしょうか? 信太の森には、以下のような「きつねの伝説」があります。 「葛の葉物語」(信太妻) 約千年余り前、今の大阪市阿倍野の里に阿部保名(あべのやすな)が住んでいました。父は豪族でありましたが、人にだまされ所領を没収されたので、保名は家の再興を願い、信太明神(聖神社)(信太森 葛葉(くずのは)稲荷神社という説もあり)に日参していました。 上のお話は、江戸時代に、 人形浄瑠璃・歌舞伎 『蘆屋道満大内鑑』(あしやどうまんおおうちかがみ) の中の 通称「葛の葉」として、人気を博して、非常に有名になりました。 そして、小松左京・辻井喬・折口信夫・ 松谷みよ子など多数の小説 や 昔話の題材となっています。 つづく・・・ “しのだうどん” をご存知でしょうか?“しのだ寿司” は? 漢字で書くと “しのだ”は、「信太」。 “しのだうどん” は、きつねうどんのこと。 “しのだ寿司” は、稲荷寿司のこと。 では、なぜ、きつねうどんを “しのだうどん” と呼ぶのでしょう? その答えの前に、そもそも、 “しのだ” 信太 って、何? 清少納言は、枕草子で、 “森は、信太(しのだ)の森” と書いています。 しのだうどんの信太(しのだ)は、信太(しのだ)の森 のことなのです。 緑の矢印が、現在の阪和線『北信太』の駅。北信太は、和泉(いずみ)市にあります。信太の森は、聖神社・信太山一帯に広がっていたと考えられています。農地の拡大、最近では、住宅の建築で信太の森は、狭められましたが、大部分が陸軍や自衛隊の演習場となったおかげで、乱開発をまぬがれました。 ![]() 北信太駅前のイラストマップ。 信太の森は、大阪市の南、和泉(いずみ)市にあります。 絵地図の左に見える「聖(ひじり)神社」はもちろん、聖神社を中心に東西南北相当広い範囲が、信太の森であったと思われます。 「葛葉(くずのは)神社」も、森の一部だったのでしょう。 つづく・・・ つるとんたんの“めんたいこおうどん” が、あまりにもおいしそうで、私も、挑戦! と思ったけれど、家に明太子が無い(>_<)。それで、スパゲティー用のたらこソースを使って、 “たらこ おうどん” を作ってみました。 薬味には、柚子のきいた 七味を添えて・・・。 “たらこ おうどん”・・・むしろ、たらこスパゲティーより、おいしい! 麺との絡み方、麺とたらこの色の美しさ・・・◎ 今日は、あつあつ “たらこ おうどん” でしたが、ひやひや “たらこ おうどん” もおいしいでしょう! めんたいこのおうどん 1200円「大阪おうどんの会」 特派員 F さんからの報告です。 東京に行かれた際に、つるとんたんのTOKIA店に行って来られました。 牛肉のカレーしゃぶしゃぶおうどん 1500円つるとんたんの TOKIA 店、なぜか、つるとんたんのホームページには、のっていません。 地鶏のクリームおうどん 1200円「つるとんたん、繁盛していました。 この他、メニューにかすうどんと大判おあげのきつねうどんもありました。 鍋ものもあったと思います。」 とのことでした。 Fさん、ありがとうございました。 つるとんたん TOKIA 店 東京都千代田区丸の内2-7-3 東京ビル 03-3214-2626 つるとんたんホームページ
日本応用糖質科学会平成18年度大会(第55回)の懇親会で、
“大坂のおうどん” (大阪の丸いおうどん) が 復活! 2006年9月27日(水)~9月29日(金)に、日本応用糖質科学会の学会が、大阪府立大学にて開催されました。28日に、その懇親会が、リーガロイヤルホテル堺で行われました。懇親会には、日本中はもとより、外国からも、学者・研究者などが、約200名参加しました。 ![]() 大きなおあげののった “けつねうどん”大阪のおうどんといえば? もちろん、 “きつねうどん”! 麺は、切り口の丸い“大坂のおうどん” なんとこの麺は、塩を使っていない 無塩麺! おだし(おつゆ)は、化学調味料も、保存料も、全て無添加の天然旨みだし鹿児島枕崎の本鰹と北海道道南産のだし昆布の香りが豊かです。 ![]() ![]() お客さんの評判は? 「大阪らしいうどんが、食べられて、うれしい。」 「だしが、とても、おいしい。」 「讃岐うどんと違って、はじめはびっくりしましたが、もっちりした麺もおいしい。」 「おいしくて、2杯、いただきました。」 などなど、評判は、上々・・・。 今回の“大坂のおうどん”への意見をもとに、“大坂のおうどん” (大阪の丸いおうどん)は、まだまだ、改良を続けるのであります。 恩地食品ホームページ
“大阪のおうどん” に、定義は無い。
“大阪のおうどん”として、ブランド化しようと、定義を考えたこともあるらしいのですが、結局、あきらめたとか・・・。 せやから、「大阪おうどんの会」のホームページにも書いたとおり、大阪で作って、大阪で売られてるおうどんは、み~んな “大阪のおうどん” というわけ。 続く・・・。 < 前のページ次のページ >
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